『カムイ伝講義』

田中優子著
『カムイ伝講義』
小学館 2008年10月6日 339頁 1575円


先日、親しい友人が白土三平『カムイ伝』を読むと聞いて、久しぶりに『カムイ伝』(全38巻)を読み直してみた。

といっても、現在、手元にあるのは第1部の15巻(小学館文庫:新装版)のみなので、第2部の12巻と『カムイ外伝』の11巻はまだこれから読むのだが、それでも、初めて『カムイ伝』を読んだときの、その描写の迫力に圧倒された思いがよみがえってきた。

ただ、初めて読んだときは江戸時代についての知識は皆無で、この『カムイ伝』で描かれている江戸時代のさまざまな階級の人々の暮らしについては無知蒙昧の輩が怖いもの知らずでただ読み進めただけであり、深い理解とはまったくほど遠い状態であった。

その後、江戸時代の暮らしについて多少の知識が身について、そういえば『カムイ伝』の中で、こういうことが書いてあったなあ、こういう情景が描かれていたなあ、と思うことが多くなってきて、いつか読み直したいと思っていたので、今回の再読はちょうどよい機会であった。

ただそれでも、まだわからない、というか、各頁の細かな描写の意味がよく理解できていない気がして、江戸時代に詳しい田中優子教授の本ならば、『カムイ伝』理解の助けになるのではと思い、それで本書を買い求めて、『カムイ伝』と同時並行的に読んでみた。

すると、今まで見逃してきたさまざまな描写の意味が、実によくわかるようになったのである。

『カムイ伝』は、人だけでなく、食べ物、お金、政治、経済についてまで、さまざまなことを考えさせる壮大なスケールの劇画である。この劇画から考えられるテーマというのは無数にあり、たとえば

「日本人とは何か」
「私たちはどんな仕事をして生きてきたのか」
「武士はなぜ存在したのか」
「人はなぜ人を支配するのか」
「女の生きかた」
「生命倫理について」

などがあるが、それを理解するには、『カムイ伝』の背景となった1650年~1680年ごろ、つまり江戸時代初期についての知識があったほうがよいことは言うまでもない。その江戸時代初期についての知識を、江戸時代研究の第一人者である著者の豊富な学識に基づいて、われわれ一般読者にわかりやすく解説・提示してくれたのが本書である。

代官の娘鞘香とその恋人加世との同性愛なども初めて読んだ当時は「あれっ」という感じであったが、本書によれば江戸時代では、男どうしの恋や女どうしの恋はごくふつうの生き方であったこと、あるいは、よく時代劇で飲み屋や飯屋にテーブルがあるのはありえないことで、江戸時代は水茶屋やそば屋と同じくベンチ式の細長いものに腰を掛け、食べ物や飲み物は横に置くものだった、など数え切れないほどの江戸時代の知識を本書から得ることができる。

が、それが単なる知識の切り売りになっていないのは、著者の『カムイ伝』に対する深い理解による鋭い文化人類学的、社会学的分析が随所に見られるからであり、それが本書の価値をさらに高めているように思われる。

「『カムイ伝』が連載された当時の日本は、経済格差の中にあっても一億総中流をめざして働き、しかもそれがある程度達成されたのだから、70、80年代になると、『カムイ伝』をわがことのように感じられた人はたちまち減少したであろう。しかしいまは違う。中流幻想は遠のき、私たちの生活はいつどん底に陥るかわからない。いったん陥るとそれは固定化され、見えない階級のようになって貧しさを生む。」(328頁)

そうなのだ、『カムイ伝』は江戸時代を舞台にしながらも、その向こうに近現代の格差・階級社会を見ているのだ。

「『カムイ伝』を読み終わった後、私たちの中に残るのは「いまもカムイはどこかに潜んでいる」という感覚だ」(326頁)

それゆえ、著者がいうように

「『カムイ伝』は時代を超えて、「いま」のためにある」(口絵4頁)

ということになるのだろう。

競争原理主義が生み出した新たな格差・差別構造の中で生きざるをえない現代の日本人にこそぜひ読んでほしい『カムイ伝』、その『カムイ伝』をさらにいっそう深く理解するために、本書はぜひ手にとってほしい一書であると思う。



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